夕暮れのフクロウ

―――すべての理論は灰色で、生命は緑なす樹。ヘーゲル概念論の研究のために―――(赤尾秀一の研究ブログ)

2006年2月のブログ記事

  • ヘーゲル哲学史2

    フィヒテ哲学批判 ヘーゲルはフィヒィテ哲学をカント哲学の継承者であると考えている。「フィヒテの哲学はカントの哲学の完成であり、特にその首尾一貫した展開である。」岩波全集哲学史下三(p129) フィヒテは「知られることの少ない本格的な思弁哲学」と「通俗哲学」を残したが、彼は後者によって多く知られてい... 続きをみる

  • ヘーゲル哲学史

    久しぶりにヘーゲル哲学史を読む。インターネットの時代では、このヘーゲルの哲学史のテキストも、国内外のネットで検索して自室に居ながらにして読める。ただ、日本語訳「ヘーゲル哲学史講義」はまだネット上には上梓されていないように思われる。日本語ではまだ無条件に公開されているサイトはない。国民の税金を使って... 続きをみる

  • 概念論③

    メモ ヘーゲル哲学においては、事物の存在がその概念に一致していることが真理であるとされることは先に述べた。(概念論②) この概念は根拠としての存在から、自己を展開したものであり、存在を自分の内部に本質と統一された直接性として持っている。 ヘーゲルの真理概念は、対立物の統一という意味ももっているが、... 続きをみる

  • 至高の国家形態

    皇室典範の改正問題を小泉首相が提起することによって図らずも、国民の世論が分裂しかねない危機を招いている。愚かなことである。最低の政治的な選択というほかはない。皇室典範(伝統として確立された「自然法」としての)については、本来的に改変ということはありえない。なぜなら、皇室典範の概念からいってそれは過... 続きをみる

  • 自由と民主政治の概念

    自由にして民主的な国家の形成は、現代国家国民の課題である。しかし、わが日本において、この理念が明確に自覚され追求されいるかどうかは疑わしい。 小泉首相や竹中総務相らによって遂行されつつある、いわゆる小泉改革は、日本の自由と民主主義に発展にとっていささか貢献しつつあるが、それでも、その政治がまだ理念... 続きをみる

  • 必然性と運命

    「自分の身にふりかかることを自分自身の発展とのみ見、自分はただ自分の罪を担うのだということを認める人は、自由な人として振舞うのであり、その人は自分の身にどんなことが起こっても、それは少しも不当ではないのだという信念を持っている。」  ヘーゲル「小論理学§147(p100)」 これは小論理... 続きをみる