夕暮れのフクロウ

―――すべての理論は灰色で、生命は緑なす樹。ヘーゲル概念論の研究のために―――(赤尾秀一の研究ブログ)

2008年4月のブログ記事

  • 自由民主党の解体と戦後日本の終焉

    補選敗因は「後期高齢者」…でも制度見直しせず 町村氏(朝日新聞) - goo ニュース 今回の衆議院山口県第二区補欠選挙における自由民主党の敗北は、歴史的に大きな意味をもつものと考える。また、日本国民はそれを歴史的に意義のある転換点として行く必要がある。 どのようにして、この補欠選挙... 続きをみる

  • 業平卿紀行録6

    業平卿紀行録6 その後に嵯峨天皇の跡を継いだ異母弟の淳和天皇とその子恒貞親王は、やがて嵯峨天皇の子である仁明天皇と皇位の継承をめぐって対立することになる。淳和天皇の跡を継いだ仁明天皇は、はじめは淳和天皇の子恒貞親王を皇太子としていたが、仁明天皇の女御はそのとき権勢を誇っていた藤原北家の冬嗣の娘順子... 続きをみる

  • 業平卿紀行録5

    業平卿紀行録5 朝廷では天皇家や藤原氏を取り巻く皇位をめぐる争いははげしく、天智天皇や天武天皇の御代以前も以後にも絶えなかった。また桓武天皇の即位すらすでに皇位をめぐる権力争いの様相を呈していた。今も昔も政治には権力をめぐる暗闘には事欠かないということである。と言うよりも、権力をめぐる闘争こそが政... 続きをみる

  • 業平卿紀行録4

    業平卿紀行録4 その後中臣の鎌足は、娘たちを天皇家の後宮に送り、天皇家の外戚となることによって権力を確立していったのであるが、これは彼らが滅ぼした蘇我氏の一族が勢力を強めたのと同じやり方だった。ここではこの歴史的な事件の背景、その経済的なあるいは政治的な動機などについては、深く論じることはできない... 続きをみる

  • 業平卿紀行録3

    業平卿紀行録3 一昨年の秋に、この十輪寺からもさほど遠くない大原野神社を訪れたときには、昔に読んだことのある伊勢物語をあらためて取り出したり源氏物語のことを思い出したりして少し調べてみた。そして、この洛西地域一帯が、とくに大原野と呼ばれるあたりは伊勢物語や源氏物語などにもゆかりの深いところであるこ... 続きをみる

  • 業平卿紀行録2

    業平卿紀行録2 東山の交差点を西に行くと小畑川と善峰川の合流地点に新上里橋がかかっている。ここから善峰川沿いにのぼる。途中に町家の門塀のブロックの下などにもチューリップなどが彩りを添えていて春らしい。今年の春の記念にとカメラに収める。川沿いの土手にも一本の桃の木の枝から白と薄紅のきれいな花をつけて... 続きをみる

  • 業平卿紀行録1

    業平卿紀行録1 外出を予定していたのに雨に降られたりで、先日もかなり強い雨と風で、桜も泣いているだろうと思っていた。しかし、きのうになってようやく夕方から本格的な晴れ間がみえはじめた。きっと明日は一日晴れるだろうと確信がもてたので、心にかかっていた十輪寺を訪れることにした。 自転車で行く。とくに春... 続きをみる

  • 『法の哲学』ノート§2

    §1で哲学的法学の対象が、法の概念、すなわち自由とその実現過程にあることを述べた後、法学の端初について説明する。哲学的な法律学は、法の概念とその進展を問題にし対象にするから、この法律学においては当然にその始元が問題になる。 こうした問題意識を持つのは、ヘーゲルの哲学が何よりも科学を必然性... 続きをみる

  • 『法の哲学』ノート§1

    この『法の哲学』の緒論で、まずヘーゲルは「哲学的な法律科学」が考察の対象としているのは、「法(Recht)=正義」の「概念(Begriff)」、およびこの概念が現実に具体化してゆくその過程であることを明らかにする。 この節の中の補注で、ヘーゲルはイデー(理念)を概念と言い換えている。科学の対象であ... 続きをみる

  • 国家指導者論

    まだ断片的にしか読み始めてはいなけれども、ただ樋口陽一氏らの憲法学者の思想を読んでいて感じることは、一言で言うと樋口氏ら憲法学者や法律家の思想があまりにも悟性的であるということだろうか。 「悟性的」とはどういうことであるか。このことを考えるのに、それとは対概念でもある「理性的」という概念と比べてみ... 続きをみる

  • イザヤ書第24章を読む

    聖書を読むことがあるとしても、そのときは日本語訳よりも英語訳などの外国語訳で読む場合が多い。今現在、聖書を読む場合に使っているのは、主として「和英対照聖書」である。その日本語訳は新共同訳であり、英語訳の方は GOOD NEWS BIBLE である。ネットで調べてみると,このテキストGood New... 続きをみる

  • 樋口陽一氏の憲法論ノート(1)

    憲法学者の「権威」である樋口陽一氏が、日本人の人権意識の確立に大きな貢献をされていることはたかく評価しうるものです。しかし、それでも氏の人権論は、国家論との関係でいささか問題を感じるところがあり、樋口氏の論考について出来うる限り検証してみたいと考えています。単なるノートに過ぎないですが、いつか、こ... 続きをみる

  • 小野小町7

    小町の恋愛とその生涯が後の世にこれほど広く深く広まったことには、さらに南北朝時代から室町時代に生きた観阿弥、世阿弥の親子の力があったと思う。 彼ら親子は能という芸術を通じて、小町の恋愛と仏教の無常観を象徴的に描き出した。それが武士階級を通じてやがて民衆の間にも広まっていったと考えられる。しかし、卒... 続きをみる

  • 小野小町6

    小町が思いを男性に託して恨みを述べている歌としては、ただ一つ 残されている。それは小野貞樹に当てたもので次の歌。 をののこまち 782 今はとて わが身時雨にふりぬれば 言の葉さえに移ろひにけり 返し 小野さだき 貞樹 783 人を思ふ心この葉にあらばこそ 風のまにまにちりもみだれめ 小町が当時の... 続きをみる

  • 小野小町5

    また小町自身がどのような女性であったかについては、1300年頃の鎌倉時代に生きた吉田兼好の徒然草の第百七十三段に小野小町が事として、「極めて定かならず」とすでに書いている。吉田兼好自身は小町ゆかりの山科の小野の山里に領地を買って住んでいたらしいから、小町の言い伝えなどは、よく耳にする立場にいたはず... 続きをみる